Diary of a Perpetual Student

Perpetual Student: A person who remains at university far beyond the normal period

選択は多目的最適化の重みづけによって説明されたい

軽音楽部の学生のシールドケーブルの巻き方がやけに小さかったのを見て小言を言ったという記録。


ケーブルというのは円柱の形をしている。

(ここでプリングルスのパッケージを手に取り、ひねる。)

円柱を曲げるには無理やり力を入れなければならない上、このように皺が寄ってしまう。

これと同様に、巻くという行為によって少なからずケーブルへの負担がかかる。

すなわち、ケーブルをまっすぐ伸ばしたまま保管するのが、ケーブルへのダメージを限りなく抑える方法として最も良いということになる。

しかし、実際問題そうやって保管している人はほぼいない。そのままでは取り回しにくいという理由もあるが、こうすると保管に必要なスペースが大きくなってしまうという問題がある。

保管に必要なスペースを限りなく小さくしようとしたときに、皆さんがやっているように半径を小さく小さくして巻く、という手法が考えられる。

つまり、保管スペースを小さくしたいというのと、ケーブルに負荷をかけたくないというのはトレードオフの関係にある。

(面倒なのでとりあえずリニアな関係ということにしておく、本来は入れ物に入らないというのはあってはならないことなので制約を指示関数化したものになるはずだし、負荷がリニアなこともないだろう。)

この2つの指標を共に、両者同じぐらいの重要度だということにして最小化しようとすると、直感的には「入れ物に入るギリギリの大きさで巻く」のが最も良いということになる。

本当は持ちやすさとかもっと複雑に考えなければならない軸はあるが、まずはこの2つがトレードオフの関係にあるということを意識してケーブルを巻いてみたらどうだろうか。


こういった話を(もう少し簡単にして)高校生にした。

僕は単一原因論的に物事を決めるような大人になって欲しくないと常々思っている。世の中の言説は、ある点が満たされないからこの主張は間違っている、という雑な否定に満たされている。

多角的に物事を見た上で、最終的には軸ごとの重みづけをどうするか、という議論に帰着すると思う。しかし、ある人にとってその重みのパラメータは完全に固定してしまっている。(もしくは、ある軸の評価関数が完全に制約と化してしまっている。)ある軸に全振りしていることに気づいていないのだ。

いかにそういった仮定・思い込みから一歩引けるかというのを、普段の仕事でも考えている。一方で、そういった思考を他人に促すというのはとても難しい。